マスキングで沈殿順は逆転する:99.9%除去まで選択できるか

分析化学
スポンサーリンク

AとBを各1.00 mM含む水溶液で、Aを全量溶存させたまま、Bの99.9%以上を固体BXへ移せるでしょうか。 配位子LはAだけを錯体AL⁺にし、自由なA⁺を減らす条件です。

まずBを99.9%除くために必要な自由X⁻濃度を求め、それとAが沈殿し始める境界を比べます。今回の答えは両目標を同時には満たせません。Bの目標には自由X⁻が0.0100 mol/L必要ですが、Aの全量溶存の上限は0.00100 mol/Lです。

与える量・条件今回の値
最初の全金属濃度Cₐ = Cᵦ = 1.00 mM = 1.00×10⁻³ mol/L
濃度表示のKsp,cAX:1.00×10⁻¹⁰、BX:1.00×10⁻⁸ (mol/L)²
錯体を含む係数Φₐ = 1.00×10⁴、Φᵦ = 1
Φの定義溶存全金属濃度 ÷ 自由金属イオン濃度
固定する条件温度・媒体・体積・自由[L]を固定し、Φは変わらない
除外する反応ほかの錯体・ほかの沈殿・X⁻の可溶性錯体や吸着

以下の数値は架空の一価イオンと1対1の塩を扱う、一定条件の濃度モデルの与件です。「除く」は初期金属量から固体へ移る割合で、固体をろ過して回収する量とは分けます。

ペンタとイコールがノートと二枚のカードを前に、自由な金属イオンと全体の量を考える学習場面。
Bを何%除けるかは、沈殿が始まる順番だけでは決まりません。目標の残留量と、Aを残せる範囲を同じ自由X⁻の尺度で比べます。

1.Aを溶存錯体にして、自由A⁺を減らす

一価の金属イオンA⁺、B⁺が、それぞれ一価の陰イオンX⁻と1対1の固体AX、BXを作る架空のモデルを考えます。中性の配位子LはA⁺とだけ溶存錯体AL⁺を作り、B⁺には結び付きません。錯体AL⁺を作ることでA⁺の反応への関与を抑えることを、ここではマスキングと呼びます。A成分そのものが溶液から消えるわけではありません。

AX(s) ⇌ A⁺(aq) + X⁻(aq)
BX(s) ⇌ B⁺(aq) + X⁻(aq)
A⁺(aq) + L(aq) ⇌ AL⁺(aq)

平衡モデルとして、X⁻の自由濃度を指定して比較します。横軸は添加したXの総量ではありません。沈殿に入ったXまで含む添加量を求めるには、別にXの収支が必要です。体積変化はなく、除去率は初期金属量のうち固体へ移った割合を意味します。ろ過や取り分けの損失は含めません。

固体がまだできていない間は、Aの全溶存濃度は初期値1.00 mMです。Φₐで割ると、自由[A⁺] = 1.00/10⁴ = 0.000100 mM = 1.00×10⁻⁷ mol/L。Bは錯体にならないので、自由[B⁺] = 1.00 mMです。

沈殿前のA全1mMは自由A0.000100mMとAL0.999900mMへ分かれ、ΦA10000。Bは自由1mMのみでΦB1。
図1 金属成分の全量は同じでも、沈殿平衡に入る自由イオン濃度が違います。Φは全体/自由で1以上、自由な割合はその逆数です。
ペンタ

Φₐが10⁴なら、Aの自由な割合も10⁴?

イコール

割り算の向きを確認しましょう。Φは全体を自由種で割る値なので1以上です。自由種を全体で割った割合は1/Φで、Aでは1万分の1です。

ペンタ

残りのAは取り除かれたの?

イコール

まだ溶液中のAL⁺にいます。A⁺だけを減らして、A成分の全量を溶かしたまま保つのが、この場面のマスキングです。

2.99.9%除去から、必要な自由X⁻を逆算する

Bを99.9%除けた状態ではBX固体があり、B⁺とX⁻の自由濃度の積がKsp,B,cになります。Bは錯体を作らないので、残す溶存全Bがそのまま自由B⁺です。この残量を決めてから、溶解度積の式で自由X⁻を逆算します。

Bを99.9%除くには、初期量の0.1%だけを溶存させます。残す全B濃度は1.00 mM×0.001 = 0.00100 mM = 1.00×10⁻⁶ mol/Lです。

必要な自由[X⁻] = Ksp,B,c残す自由[B⁺]
= 1.00×10⁻⁸ (mol/L)²1.00×10⁻⁶ mol/L = 1.00×10⁻² mol/L
99.9%以上除去:残すBは初期量の0.1%以下
自由[B⁺] ≤ 1.00×10⁻⁶ mol/L
BXがある平衡では [B⁺] = Ksp,B,c/[X⁻]
したがって [X⁻] ≥ 0.0100 mol/L

99.9%を100%に丸めると、必要な残留濃度を0としてしまいます。ここでは0.1%が残る目標をそのまま使います。次に、この自由X⁻へ達するまでAが全量溶存できるかを調べます。

3.Aを全量溶存させられる上限を求める

沈殿が始まる理想平衡の境界は、自由イオンの積Qsp,cがKsp,cに達するところです。境界に達した瞬間に、有限量の固体がすでに取り除かれたという意味ではありません。ここからさらにX⁻の自由濃度を増やすと、金属が固体へ移ります。

開始の境界:[M⁺][X⁻] = Ksp,c
沈殿前:[M⁺] = CM/ΦM
したがって [X⁻]開始 = ΦMKsp,cCM

配位子がない比較では、両方のΦは1です。A開始は10⁻¹⁰/10⁻³ = 10⁻⁷ mol/L、B開始は10⁻⁸/10⁻³ = 10⁻⁵ mol/Lで、Aが先です。この比較から、Aを錯体へ入れると何が変わるかを確かめます。

今回のマスキング条件では、A開始は10⁴×10⁻¹⁰/10⁻³ = 10⁻³ mol/Lへ移ります。B開始は変わらず10⁻⁵ mol/Lなので、今度はBが先です。金属全濃度を自由濃度と取り違えると、この順序の逆転を見落とします。

自由X−濃度の対数軸で、配位子なしではA10の−7乗M、B10の−5乗M。マスキングではB10の−5乗M、A10の−3乗Mへ逆転し、B99.9%目標10の−2乗MはA開始を越える。
図2 上と下は同じ自由X⁻濃度の尺度です。Aの開始点を右へ動かせても、Bの除去目標に必要な点までAを溶存させられるかは、別に確認します。
Aを全量溶存させる範囲:[X⁻] ≤ 0.00100 mol/L
上限ちょうどではAは飽和境界、AX固体に移る量は0。
Aを未飽和に保つ範囲は [X⁻] < 0.00100 mol/L。
B99.9%以上の範囲は [X⁻] ≥ 0.0100 mol/L。
二つの範囲に重なりがないので、同時達成できない。

4.Bの目標点で、Aが何mM残るか計算する

B99.9%を満たす最小の自由X⁻濃度10⁻² mol/Lは、Aの開始境界10⁻³ mol/Lより10倍大きい値です。この条件ではAXも固体として存在し、自由[A⁺] = 10⁻¹⁰/10⁻² = 10⁻⁸ mol/L。Φₐを掛けると、溶存全Aは10⁴×10⁻⁸ = 10⁻⁴ mol/L = 0.100 mMです。初期Aの90%も沈殿します。

X10の−4乗MではA全1mM未飽和、B90%除去。X10の−3乗MではA飽和境界で固体量0、B99%除去。X10の−2乗MではA90%とB99.9%が沈殿。
図3 同じ自由X⁻濃度で両金属を評価します。Bだけを先に沈殿させられる区間はありますが、B99.9%除去の点ではAも90%沈殿します。
ペンタ

Bが先に沈殿するなら、Bを99.9%取れるまで進めればよいと思った。

イコール

開始順だけでは最後まで選択できると決まりません。B99.9%に必要なX⁻は0.0100 mol/Lで、その前にAの開始境界0.00100 mol/Lを越えます。

ペンタ

Aが未飽和のままなら、Bはどこまで除ける?

イコール

X⁻が0.00100 mol/Lより小さい範囲では、B除去は99%未満です。ちょうど境界ならBは99%除去、Aは飽和しますが固体量はまだ0です。どちらの扱いでも、B99.9%を達成するところまでは届きません。

自由X⁻をさらに増やしてBをもっと除いても、AX固体がある範囲の溶存全AはΦₐKsp,A,c/[X⁻]なので、Aはさらに減ります。B99.9%以上を達成する側へ進めて、Aを全量溶存へ戻すことは、この固定Φモデルではできません。

もう一歩:Bだけを先に沈殿させられる区間を確かめる

途中の比較:B90%除去なら、Aは全量残る

BX固体ができて平衡にあるとき、自由[B⁺] = Ksp,B,c/[X⁻]です。Bは錯体を作らないので、これが溶存全B濃度にもなります。X⁻を10⁻⁴ mol/Lに固定すると、溶存Bは10⁻⁸/10⁻⁴ = 10⁻⁴ mol/L = 0.100 mM。初期1.00 mMの10%が溶液に残り、90%が沈殿へ移っています。

B除去率 = 1 − 溶存全B濃度初期全B濃度
= 1−0.100/1.00 = 0.900 = 90.0%

同じ自由X⁻濃度でAも確認しましょう。A開始10⁻³ mol/Lより低いので、Aはまだ全量1.00 mMが溶存しています。自由[A⁺]は10⁻⁷ mol/Lのまま、Qₐ = 10⁻⁷×10⁻⁴ = 10⁻¹¹ (mol/L)²で、Ksp,A,c = 10⁻¹⁰より小さい。Aは未飽和です。

ここでAにも固体との平衡式を機械的に使うと、溶存全AはΦₐKsp,A,c/[X⁻] = 10⁴×10⁻¹⁰/10⁻⁴ = 10⁻² mol/L = 10 mMとなります。しかしAは初め1.00 mMしかありません。固体がない場合に10 mMまで増やすことはできず、実際は全量1.00 mMのままです。

5.残った濃度と沈殿量を検算する

X⁻ = 10⁻² mol/Lの点では、Aの自由濃度は0.0000100 mM、AL⁺は0.0999900 mMで、合わせて0.100 mMです。これと沈殿へ移ったA成分0.900 mMを足すと、初期Aの1.00 mMに戻ります。Bも溶存0.00100 mM+沈殿0.99900 mM = 1.00 mM。

AXの平衡:(10⁻⁸ mol/L)×(10⁻² mol/L)= 10⁻¹⁰ (mol/L)²
BXの平衡:(10⁻⁶ mol/L)×(10⁻² mol/L)= 10⁻⁸ (mol/L)²

これらの値は、自由[L]を保ってΦₐを固定するモデルの結果です。全L量だけを与える有限の溶液では、AL⁺へ結合したLの分を収支へ入れ、Φₐが一定と扱えるか確認します。大きい生成定数という数字だけで、すべての除去条件に十分なマスキングができるとは判断できません。

6.自分で確かめる:Φₐが10⁶の別条件なら?

初期A・B濃度と二つのKsp,cは同じ、Φᵦ = 1です。別の一定自由L条件でΦₐ = 10⁶を保てるとします。①A開始の自由X⁻濃度、②B99.9%除去に必要なX⁻濃度でAが沈殿するかを求めましょう。

解答 ①A開始は10⁶×10⁻¹⁰/10⁻³ = 10⁻¹ mol/L。②Bに必要なX⁻は変わらず10⁻² mol/Lで、A開始より小さい。Aは全量1.00 mMが溶存し、自由[A⁺] = 10⁻³/10⁶ = 10⁻⁹ mol/L。Qₐ = 10⁻⁹×10⁻² = 10⁻¹¹ (mol/L)²はKsp,A,cより小さいので、Aは未飽和です。この指定モデルなら、Aを溶存させたままB99.9%除去が可能です。

比べるべきなのは「順番が変わったか」だけでなく、「目標を達成する点が、残したい金属の開始点より手前か」です。開始境界と必要残留濃度を同じ自由X⁻の軸へ戻すと、できる分離とできない分離を判定できます。

問2 初期濃度とKsp,cを保ち、Φₐだけ変えられるとします。B99.9%除去の点で、Aを未飽和に保つために必要なΦₐの条件を求めましょう。

Bの目標点は [X⁻] = 0.0100 mol/L。
Aを全量溶存させると自由[A⁺] = (0.00100 mol/L)/Φₐ。
未飽和の条件:[(0.00100 mol/L)/Φₐ]×(0.0100 mol/L) < 1.00×10⁻¹⁰ (mol/L)²
Φₐ > 1.00×10⁵

Φₐ = 1.00×10⁵ちょうどなら、Bの目標点でAも飽和境界です。理想モデルではAの固体量はまだ0ですが、未飽和という条件には等号を含めません。問1の10⁶はこの下限より大きいため、Aを未飽和に保てます。指定したΦₐを保つための自由Lは、実際の生成定数とLの収支から別に決めます。

7.開始点ではなく、目標点と許容範囲を比べる

分離の目標を残留濃度へ直し、その残留濃度が平衡式を満たす自由X⁻を求めます。残したいAには、全量溶存時の自由濃度を使って開始境界を求めます。二つを同じ軸へ置けば、目標と許容範囲の重なりを判断できます。最後に溶存量と固体量を足し、初期の金属量へ戻しましょう。

参考資料

David Harvey, Analytical Chemistry 2.1 §7.6:Separations Based on Complexation Reactions (Masking)

同 §9.3:EDTA Competes With Other Ligands(式9.5の自由金属分率)

OpenStax Chemistry 2e §15.1:Predicting Precipitation・Concentrations Following Precipitation・Selective Precipitation

コメント

タイトルとURLをコピーしました