錯体ができると溶解度は増える:自由金属イオンが減る理由を収支から読む

分析化学
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架空の塩MXの固体を、水溶液へ十分に加えます。配位子Lの自由濃度を9.90 mMに保ったとき、MXは何mol/Lまで溶け、自由な金属イオンM⁺は何mol/L残るでしょうか。

溶けた金属を自由M⁺と錯体ML⁺に分け、自由イオンだけを溶解度積へ入れて求めます。答えはモル溶解度s = 0.100 mM、自由M⁺ = 0.00100 mMです。配位子がない場合と比べると、溶けた全金属は増え、自由金属は減ります。その両方を同じ収支から確かめます。

条件教材用の値・扱い
濃度表示の溶解度積 Ksp,c[M⁺][X⁻] = 1.00×10⁻¹⁰ (mol/L)²
錯体の生成定数 Kc[ML⁺]/([M⁺][L])= 1.00×10⁴ L/mol
自由な配位子濃度 [L]9.90 mM = 0.00990 mol/Lに固定
固体と初期溶液平衡後もMX固体が残る。初め溶液中にM成分・X成分なし
含める溶存種M⁺、ML⁺、X⁻、Lのみ。ほかの錯体・Xの副反応を除外

ここでは平衡後も固体が残り、自由Lを指定値に保つ条件を与えています。Lを全濃度9.90 mMだけ用意した、という意味ではありません。定数は温度・媒体条件を固定した濃度モデルの教材用与件です。

ペンタとイコールがノートと二枚のカードを前に、自由な金属イオンと全体の量を考える学習場面。
溶けた金属を「自由M⁺」と「ML⁺中の金属」に分けます。自由M⁺の濃度だけでは、溶けた全量を数えられません。

1.溶けた金属の全体と、自由イオンを分ける

架空の塩MXを考えます。Mは一価の金属イオンM⁺、Xは一価の陰イオンX⁻として水中に存在します。中性の配位子LはM⁺と1対1で溶存錯体ML⁺を作ります。LとXは別の物質です。X⁻はLにも金属にも結び付かず、固体への吸着もなく、溶けた分が自由X⁻として残るモデルにします。

MX(s) ⇌ M⁺(aq) + X⁻(aq)
M⁺(aq) + L(aq) ⇌ ML⁺(aq)

(s)は固体、(aq)は水溶液中です。M⁺とML⁺にはどちらもM成分が一つ含まれます。一方、固体の溶解平衡へ直接入るのは自由M⁺で、ML⁺を足した金属全体ではありません。

温度・媒体条件を固定した濃度モデルです。Ksp,cは二つの濃度の積なので単位は(mol/L)²、Kcは濃度を二つの濃度で割るためL/molになります。活量で定義する熱力学定数の無次元表記と区別します。体積は一定として比較します。

2.錯体が、自由イオンの何倍あるか

溶解度積へ入れる自由M⁺を、知りたい全金属濃度で表すために生成定数を使います。Kc = [ML⁺]/([M⁺][L])の両辺に[M⁺][L]を掛け、[ML⁺] = Kc[L][M⁺]と直します。今回Kc[L] = 1.00×10⁴ L/mol × 0.00990 mol/L = 99.0なので、錯体ML⁺の濃度は自由M⁺の99倍です。単位が消えるこの積が、実際の形の比を決めます。

溶存全金属濃度 cM,T = [M⁺] + [ML⁺]
=(1 + Kc[L])[M⁺] = Φ[M⁺]
Φ = 溶存全金属濃度自由金属濃度 = 1 + Kc[L] = 100

Φ(ファイ)は全体を自由種で割った値なので1以上です。自由種が全体に占める分率は反対向きに割り、[M⁺]/cM,T = 1/Φ = 0.0100、つまり1%。Φそのものを割合100%と読むのではありません。

ペンタ

全金属が自由金属の100倍なら、自由金属は100分の1だけ?

イコール

そうです。自由M⁺1に対して錯体ML⁺が99あるので、全体は100です。だから全金属のうち自由M⁺は1%、錯体は99%です。

ペンタ

じゃあ、溶解度積へは全金属の1%を入れるの?

イコール

このモデルではそうなります。Ksp,cが数えるのは自由M⁺と自由X⁻なので、金属全濃度を求めたらΦで割って自由M⁺に戻します。

3.Xの収支から、溶解度sを求める

モル溶解度sは、平衡までにMXが溶けた量を溶液体積で割った値です。MX一式単位が溶けるとM成分とX成分が1対1で出てきます。M成分は自由M⁺か錯体ML⁺になり、X成分はすべて自由X⁻のまま。初めに共通イオンX⁻がないため、次の収支が成り立ちます。

s = [M⁺] + [ML⁺] = cM,T
[X⁻] = s
[M⁺] = s/Φ
自由M+0.00100mMとML+0.0990mMを足すと溶けた全M0.100mM。X−は0.100mMで全Mと1対1。
図1|M成分の合計は自由M⁺とML⁺の和で、X成分の量と1対1です。図の濃度は、この収支を次の平衡式へ入れて求める答えです。金属全量には両形を含め、Ksp,cには自由M⁺だけを入れます。

ここまでで、自由M⁺はs/100、自由X⁻はsと、両方を知りたい溶解度sで表せました。MX固体が残る平衡では、自由イオンの積がKsp,cに等しくなるので、この二つを代入してsを決めます。

Ksp,c = [M⁺][X⁻] = sΦ×s = s²/Φ
s² = ΦKsp,c = 100×1.00×10⁻¹⁰ (mol/L)²
s = √(1.00×10⁻⁸)mol/L = 1.00×10⁻⁴ mol/L
= 0.100 mM

濃度の二乗の平方根を取るため、sの単位はmol/Lです。濃度は負にならないので、正の平方根を選びます。自由M⁺はs/100 = 0.00100 mM、錯体ML⁺は0.100−0.00100 = 0.0990 mM、自由X⁻は0.100 mMです。

4.配位子がないときと比べる

Lがない場合もMX固体が残る平衡を比べます。この場合はML⁺もなく、[M⁺] = [X⁻] = s₀。s₀² = Ksp,cなので、s₀ = √(1.00×10⁻¹⁰)= 1.00×10⁻⁵ mol/L = 0.0100 mMです。

配位子なしの全Mと自由Mは0.0100mM。配位子ありでは全M0.100mMで10倍、自由M0.00100mMで10分の1。
図2 比べる対象を固定すると、全金属濃度は10倍、自由金属濃度は10分の1です。錯体になった金属を数えるかどうかが、反対方向の変化を説明します。
ペンタ

自由M⁺が少ないなら、塩が溶けた量も少ない気がする。

イコール

溶けたMの多くはML⁺へ移っています。全金属は0.100 mMありますが、自由M⁺はその1%の0.00100 mMです。自由イオンだけでは全量を数えられません。

ペンタ

でも、M⁺が減ると溶解度積も小さくなって、平衡でなくならない?

イコール

同時にもっとMXが溶けて、X⁻が0.0100から0.100 mMへ10倍増えます。自由M⁺は10分の1、X⁻は10倍なので、その積は同じKsp,cへ戻ります。

5.平衡式と二つの収支へ戻して検算する

自由M+10の−6乗mol/Lと自由X−10の−4乗mol/Lの積はKsp,cの10の−10乗(mol/L)二乗。全Mを代わりに使うと100倍の誤り。
図3 単位をmol/Lへ直し、自由イオンだけの積を確認します。全金属濃度を入れると、ML⁺まで自由M⁺として数えてしまいます。
金属とXの収支:0.00100 + 0.0990 = 0.100 mM = [X⁻]
生成平衡:9.90×10⁻⁵ mol/L(1.00×10⁻⁶ mol/L)×(0.00990 mol/L) = 1.00×10⁴ L/mol

Lの収支も確認します。ML⁺一つにはLが一つ結合しているので、この平衡で溶液中にある全L濃度は、自由[L]+[ML⁺] = 9.90+0.0990 = 9.999 mMです。「自由Lが9.90 mM」という条件は「全Lを9.90 mMだけ投入する」という条件とは違います。全Lだけを与える閉じた溶液の問題では、結合した分を引いて自由[L]を求め直します。

固体が全部なくなった場合、[M⁺][X⁻] = Ksp,cをそのまま強制できません。また、X⁻を初めから含む場合や、Xが別の形にもなる場合は[X⁻] = sを直します。今回のs²/Φという形は、固体残存と指定した収支がそろったときの式です。

もう一歩:初めからX⁻があれば、どの収支を変える?

同じ定数・自由Lで、初めから自由X⁻が0.100 mM含まれる別試料を考えます。X⁻の相手イオンは溶解や錯形成に関与せず、体積と媒体条件も同じとします。MXがs mM溶けると、自由X⁻は0.100+s mMです。M成分は初めないので、自由M⁺は引き続きs/100です。

Ksp,c = 1.00×10⁻¹⁰ (mol/L)² = 0.000100 mM²
(s/100)(0.100+s) = 0.000100
s²+0.100s−0.0100 = 0
s = (−0.100+√0.0500)/2 ≈ 0.0618034 mM
自由M⁺ ≈ 0.000618034 mM、ML⁺ ≈ 0.0611854 mM
自由X⁻ = 0.100+s ≈ 0.161803 mM

正の根だけを採用します。自由M⁺と自由X⁻の積は、丸め前の値で0.000100 mM²に戻ります。初めのX⁻があるため、主例の0.100 mMより少ない量で飽和します。

「初めのX⁻だけを使い、溶けて増えるsは無視する」という近似なら、(s/100)×0.100 = 0.000100からs = 0.100 mMになります。厳密値0.0618034 mMより約61.8%大きいので、相対誤差1%以内で溶解度を求めたい場合には使えません。自由X⁻が初めからあるか、溶解による増加を無視できるかは、収支と求める精度から確かめます。

6.自分で確かめる:自由Lが2.40 mMなら?

同じMX、同じKc、固体が残る条件で、自由[L]を2.40 mMに固定した別の平衡を考えます。①Φ、②s、③自由[M⁺]と[ML⁺]、④溶液中の全L濃度を求めましょう。

解答 ①Φ = 1+1.00×10⁴×0.00240 = 25.0。②s = √(25.0×1.00×10⁻¹⁰)= 5.00×10⁻⁵ mol/L = 0.0500 mM。③自由[M⁺] = 0.0500/25.0 = 0.00200 mM、[ML⁺] = 0.0480 mM。④全Lは2.40+0.0480 = 2.448 mMです。

自由イオンの積は(2.00×10⁻⁶)×(5.00×10⁻⁵)= 1.00×10⁻¹⁰ (mol/L)²。配位子なしと比べると溶解度は5倍、自由M⁺は5分の1です。Φを25倍にしても溶解度が25倍になるわけではなく、sが平方根√Φに比例する点まで確かめられます。

7.全量を自由種へ戻し、溶解度積に入れる

この問題では、溶けたMの全量sを自由M⁺とML⁺に分け、生成平衡から自由M⁺ = s/100と表しました。X成分はすべて自由X⁻なので[X⁻] = sです。固体が残ることを確かめてから二つの自由濃度をKsp,cへ入れると、sと自由M⁺を同時に求められます。全濃度と自由濃度を区別して、最後に収支と両平衡式へ戻しましょう。

参考資料

David Harvey, Analytical Chemistry 2.1 §6.7:Effect of Complexation on Solubility(式6.9、6.12–6.15)

同 §9.3:EDTA Competes With Other Ligands(式9.5の自由金属分率)

OpenStax Chemistry 2e §15.1:Precipitation and Dissolution(溶解度と自由イオンの積)

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