単座配位子Lが二つ付いた錯体ML2と、二座配位子Dを混ぜたときの交換反応を考えます。298 Kの今の混合物では、キレート錯体MDが増える向きと、ML2へ戻る向きのどちらが熱力学的に有利でしょうか。反応の標準量と、現在の組成を表すQから計算します。
正方向:ML2 + D → MD + 2L
温度 T = 298 K、温度・圧力は一定
同じ反応・標準状態の与件:
ΔrH° = +5.00 kJ/mol
ΔrS° = +35.0 J/(mol K)
現在の無次元反応商 Q = 20.0
気体定数 R = 8.314 J/(mol K)
求める量:現在の正方向ΔrGと、Gを下げる反応方向
与件は仮想交換反応の教材用の値です。まずΔrG°=ΔrH°−TΔrS°を求め、現在の組成の項RT lnQを足します。答えは約+1.992 kJ/molで、今は逆方向が有利です。標準量と現在の量を分けて、その符号の意味まで確かめます。

1.まず、どの反応を正方向にしたか決める
Lは中性の単座配位子で、一つの部位から金属Mへ結びつきます。Dは中性の二座配位子で、二つの部位が同じMへ結びつき、キレート環を作ります。交換に関わらない残りの配位環境は同じとし、水和などは同じ基準で略記します。Mの電荷がz+ならML2とMDはともにz+なので、反応の電荷も保存します。
式の右へ進む向きを正方向とします。ML2が1 mol減るとDが1 mol減り、MDが1 molとLが2 mol増えます。以下のJ/molは、この反応を式どおり1 mol分進めることを基準にした反応量です。

2.298 Kで、標準ΔGの符号を読む
まず、交換反応の標準の反応GibbsエネルギーΔrG°を求めます。H、S、Gは同じ反応方向と標準状態の基準で定義します。標準状態は比較の基準であり、今ある溶液がその状態だという指定ではありません。HのkJをJへ直すと、Sに温度を掛けた値と単位をそろえて引けます。
ΔrH°は正ですが、−TΔrS°が負でその大きさが上回るため、合計は負です。「吸熱だから進まない」とは決められません。この模型ではエントロピー項が標準ΔGを負にしていますが、全てのキレート効果がエントロピーだけで決まると一般化しません。溶媒和や結合の変化もHとSへ影響します。
ペンタΔHが+なら不利なのに、標準ΔGは−でよいの?
イコールGはHだけで決まりません。ここでは+5.000に−10.430 kJ/molを足すので、合計が−5.430になります。
ペンタそれならキレート交換はいつもエントロピーで有利になる?
イコールこの数値例はそうですが、反応や溶媒が変わればHとSも変わります。両方を同じ交換反応について調べてから、合計の符号を読みます。
3.標準ΔGから、無次元の平衡定数を求める
標準ΔGと熱力学的平衡定数Kの関係はΔrG° = −RT ln Kです。lnは自然対数。ここでKは無次元で、同じ温度・反応式・各種の標準状態に対応します。
分子と分母をJ/molへそろえるので、指数の中も無次元です。Kが1より大きいことは標準ΔGが負であることと一致します。Kは平衡になったときの反応商の値で、現在のQ=20.0とは役割が違います。求めたKは後で現在の組成と比較し、方向の判定を検算するために使います。L/molなどの単位を持つ濃度定数を、単位を付けたままlnへ入れません。
4.今の組成は、活量の反応商Qへ入れる
現在の組成を式へ入れるため、反応商Qを使います。Qは現在の各物質の活量を、反応式の係数に従って組み合わせた量です。活量aは同じ標準状態を基準にした無次元の値で、濃度基準ならai=γi(ci/c°)、c°=1 mol/Lと表します。γiは活量係数です。この問題では、活量から作ったQ=20.0が直接与えられています。
生成物MDとLの活量を分子、反応物ML2とDを分母に置きます。Lの係数2がaLの二乗になります。Qも無次元なのでln Qを計算できます。今の混合物についてQ = 20.0と与えられたら、次の値になります。

5.現在は逆方向が有利。速さは別の問い
温度・圧力を一定に保ち、この反応が進める系では、正方向のΔrGが負なら正方向、正なら逆方向の変化がGを下げます。Q = 20.0ではΔrGが正なので、MDからML2へ戻る逆方向が熱力学的に有利です。正方向に標準ΔGが負だったことと矛盾しません。
ペンタ標準ΔGは負なのに、現在は逆へ戻るの?
イコール今はQが20.0で、平衡のK約8.950より大きいからです。標準の−5.430に今の組成の+7.422を足すと、正方向のΔGが正へ変わります。
ペンタそれならMDはすぐ減って、ML₂になる?
イコールこの計算が示すのはGを下げる向きです。すぐ進むかは反応障壁や速度定数の情報が必要で、ΔGやKだけから時間は出せません。
なぜQとKの大小で方向が読めるのか、使った二つの式を一つにつなげます。標準項ΔrG°を−RT lnKへ置き換えると、次の関係です。
= RT(lnQ − lnK)
= RT ln(Q/K)
RTは正なので、Q/Kが1より大きければln(Q/K)も正になり、現在の正方向ΔrGは正です。QがKより小さければ負、Q=Kなら0となります。今回は20.0/8.950…≈2.235なので逆方向。二項を足した計算も検算できます。

答え:298 K、Q=20.0の現在は、MD+2LからML2+Dへ戻る向きが有利です。標準ΔG°=−5.430 kJ/molだけで止めず、現在の組成の項+7.422 kJ/molを加えたΔG≈+1.992 kJ/molで判断します。
6.同じ反応で確かめる
問1 同じ温度と標準量で、別の混合物がQ = 2.00なら、現在の正方向ΔrGと有利な向きはどうなりますか。
問2 同じ反応を逆向きMD+2L⇌ML2+Dで書いたとき、標準ΔG、K、現在Q = 20.0に対応する逆反応のQは?
解く順序は、正方向と反応量の基準を決める→HとTSの単位をそろえる→標準ΔG°を求める→現在のQを使ってΔGを求める→Q/Kへ戻して符号を確認する、です。反応の向きを逆に書くときは、Gの符号とQ・Kの逆数を一緒に変えます。
参考資料
単座と二座配位子の交換、キレート効果をHとSの両方で考える背景はRobert J. Lancashire、8.4.1 Chelation、The Chelate Effect。活量のQ、標準ΔGとK、現在のΔGの関係はHoward DeVoe、Thermodynamics and Chemistry 11.8、式11.8.6–11.8.11を参照しました。本稿の仮想交換、与件、図と問題は独立に構成・計算しています。

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