八面体錯体の金属がd6、軌道の分裂Δoが160 kJ/mol、対形成エネルギーPが200 kJ/molと与えられました。高スピンHSと低スピンLSのどちらの電子配置が、この模型で低いエネルギーになるでしょうか。
六電子を入れた図から軌道項と追加の対形成項を計算すると、HSは−64 kJ/mol、LSは+16 kJ/molです。同じ基準で低い方を選ぶので答えはHS、不対電子は4個です。二つの計算を最後まで追い、Δoが300 kJ/molならどう変わるかも確かめます。
金属の形式的d電子数:6個。配位場の形:八面体。
主問の分裂:Δo = 160 kJ/mol。対形成定数:P = 200 kJ/mol。
対を一つ増やす負担を一定のPで扱う教材模型。エネルギーは錯体1 mol当たりでそろえる。
基準:分裂前の五つの等エネルギーd軌道に六電子を入れたHund状態(1対)。
求める量:HS・LSの占有、軌道項、追加対形成項、相対エネルギー、不対電子数。
1.電子一個を入れたとき、軌道項はいくら変わる?
今回の与件は八面体d6の単純結晶場モデルです。d電子は六個で、五つのd軌道が低いt2gの三軌道と、高いegの二軌道へ分かれます。その間の差をΔoとし、Δoは正です。
分裂前の軌道エネルギーの重心を0とすると、t2gの1電子は−0.4Δo、egの1電子は+0.6Δoを軌道項へ加えます。負号は基準より低いこと、正号は高いことを表します。二組の間は0.6Δo−(−0.4Δo) = Δoです。

対形成エネルギーPは、この模型で同じ軌道の対を一つ増やす負担です。主問ではP = 200 kJ/mol。ΔoとPも、以下の相対エネルギーEも、錯体1 mol当たりのkJ/molでそろえます。軌道項の負の利得と、対形成の正の負担を足す準備ができました。
2.六電子を配置し、対と不対を数える
同じ高さの軌道では、まず一つずつ同方向のスピンで入り、その組の中で対を作ります。一つの軌道に二電子を入れる場合は、スピンの向きが逆です。図の矢印一本が電子一個、同じ枠の逆向き二本が一対です。
高スピンHSでは、t2gの三軌道へ一電子ずつ、egの二軌道へも一電子ずつ入れ、その後六番目がt2gで対を作ります。結果はt2g4eg2、対が1組、不対電子が4個です。
低スピンLSでは、t2gの三軌道へ一電子ずつ入れた後、四~六番目もその三軌道で対を作ります。結果はt2g6eg0、対が3組、不対電子が0個です。両候補とも4+2または6+0で、d電子の合計は6です。

ペンタ高スピンなら六電子が全部ばらばらで、不対電子は六つ?
イコール軌道は五つしかないので、六番目は対になります。HSは1対と不対4個です。LSは3対と不対0個になります。
ペンタどちらも六電子なのに、対を作る数が違うんだね。何で決まるの?
イコール上のegへ入れるΔoの負担と、下で対を増やすPの負担を比べます。図の占有から両方のエネルギーを計算して選びます。
3.同じ基準からのCFSEと、追加対形成を足す
基準を自由イオンd6のHund状態に統一します。五つの同じ高さの軌道へ六電子を入れるため、自由イオンにも1対あります。この基準に対して、HSは対数が1−1 = 0組増え、LSは3−1 = 2組増えます。
ここではCFSE(結晶場安定化エネルギー)の軌道項をEorbとして、重心に対する符号付きの値で計算します。対形成まで含めてCFSEと呼ぶ資料もあるので、追加対形成項Epairを別に表示します。候補の比較には、二項を足した同じ基準からのEを使います。
ペンタLSは三対あるから、対形成項は3Pではないの?
イコール候補全体の対形成なら3Pです。でも基準の自由イオンにもPがあります。比較する相対値では3P−P=2Pを使います。
ペンタではHSにもPを足して、あとで同じPを引く方法でもよい?
イコールはい。HSは軌道項+Pから基準Pを引いて軌道項だけ、LSは軌道項+3PからPを引いて+2Pです。二候補で同じ基準を使えば一致します。
4.160と200を代入して主問を完答し、300の場合も比べる
主問のΔo = 160 kJ/molを、前節で占有から求めた式へ代入します。P = 200 kJ/molなので、LSの追加対形成は2P = 400 kJ/mol。負の軌道項を計算してから、この正の項を足します。続く300の例も、P = 200 kJ/molと指定した別の教材条件です。

誤ってLSを−2.4Δo+Pとすると、Δo = 160で−184 kJ/molとなり、LSを選んでしまいます。基準1対に対してLSが増やす対は二つです。式の係数を暗記するだけでなく、図の3−1へ戻せばこの誤答を棄却できます。
HS:t2g4eg2、軌道項−64、追加対形成0 → E = −64 kJ/mol。
LS:t2g6eg0、軌道項−384、追加対形成+400 → E = +16 kJ/mol。
低いのはHS。1対と不対4個で、電子の検算は2×1+4 = 6。
5.何が与件なら、HSとLSを決められる?
Δo = 160の差は+80 kJ/mol、300の差は−200 kJ/molで、前節の二つの合計の差と一致します。Δoが大きいほど、二電子をegからt2gへ移す軌道項の利得−2Δoが大きくなり、二対増やす+2Pを上回るのです。
ペンタLSは上のegが空だから、いつも低いエネルギーなのでは?
イコール軌道項だけならLSが低いです。でも対を二つ増やす2Pが必要です。Δo160ではその負担が大きく、合計はLS+16、HS−64になります。
ペンタΔoを大きくすると、下へ入れる利得がその負担を上回るんだね?
イコールはい。差は2(P−Δo)です。Δo300なら差が−200なのでLSが低くなります。占有図の二電子の移動と追加二対が、式の係数2に対応します。
主問なら、数値を二つとも計算しなくても160 < 200、すなわちΔo < Pと分かればHSを選べます。分裂が300でPが200という次の例では、300 > 200なのでLS。二候補の差は−320−(−120)=−200 kJ/molで、2(200−300)とも一致します。
金属のd電子数と配位場の形 → 比較する占有を作れる。
この模型のΔoとPの値、または大小関係 → どちらのEが低いか決められる。
八面体d6だけが分かっている → HS・LSの二候補まで。大小関係がまだ足りない。
実際の錯体へ進むときは、金属、酸化数、配位子などに応じた分裂と対形成を検討し、磁性や分光の結果とも照合します。今回の160・200・300は指定された模型の値で、錯体名から実測値を求めたものではありません。また、この相対エネルギー比較だけでは、温度に応じたHS・LSの存在割合は求まりません。
6.演習:境界と、d⁴への移し方を確認する
問1 同じd6模型でΔo = P = 200 kJ/molなら、両候補のEと不対電子数は?
問2 八面体d4、Δo = 180 kJ/molへ移します。P = 220と140 kJ/molでは、どちらの占有を選びますか。まず対数の基準から計算してください。
解答:自由イオンd4は同じ高さの五軌道のうち四つへ一電子ずつ入れ、基準の対数は0です。HSはt2g3eg1で対0、不対4。LSはt2g4eg0で対1、不対2です。
d6の+2Pをそのままd4へ移してはいけません。電子の合計→占有→基準対数→追加対数の順に数え直すと、今度は+Pになります。d4の差もP−Δoとなり、同じ比較の考え方を使えます。
参考資料
八面体分裂・電子占有と高低スピンの考え方はOpenStax Chemistry 2e 19.3、Crystal Field Theory、軌道項と自由イオン基準の差の考え方はUC Davis 9.2、Crystal Field Stabilization Energyの定義と計算例を参照しました。本稿は指定した一定PとΔoの教材模型を、占有から独立に計算しています。

コメント