錯イオン[Fe(CN)6]3−の鉄は、どの酸化数で、金属のd電子を何個と数えるでしょうか。括弧の外の3−と、配位子が六つという数を、そのまま鉄の電子数にするのでしょうか。
配位子の電荷を先に足すと、鉄の酸化数は+3、形式的なd電子数は5個(d5)です。物質の名前と電荷を対応させ、全電荷から鉄の分を求め、最後に第8族から引いて検算します。
錯イオン:[Fe(CN)6]3−、全体の電荷は−3。
金属:鉄Feは第8族。
配位子:シアン化物イオンCN−が6個。1個の電荷は−1。各配位子は炭素原子一つでFeへ配位する(単座)。
求める量:鉄の酸化数x、金属の形式的d電子数n、配位数。
1.物質の名前を、式のどの部分かへ戻す
Feは鉄、CN−はシアン化物イオンです。CNの後ろの小さい6は、その配位子が6個あることを表します。CN−一つの電荷は−1なので、配位子全体では6×(−1)=−6です。括弧の外の3−は、鉄と六つの配位子を合わせた錯イオン全体の電荷−3です。
以下の+3や−6は、素電荷を単位にした符号付きの数です。試料全体の電気量をクーロンで測っているのではなく、一つの錯イオンの中で電荷の数を合わせます。

2.全電荷の−3を満たす、鉄の酸化数を求める
鉄の酸化数をxとすると、鉄の分と配位子の分を足して、与えられた全電荷−3に戻る必要があります。
x − 6 = −3 → x = +3
検算:+3 + (−6) = −3。錯イオン全体の電荷と一致。
負の錯イオンでも、鉄の酸化数は正になります。配位子の−6と鉄の+3を合わせると、全体が−3になるためです。式の右辺と同じ電荷に戻れるかが、符号の検算になります。
ペンタ[Fe(CN)₆]³⁻の3−は、鉄が電子を三つ受け取った意味だと思ったけど?
イコール3−は錯イオン全体の電荷です。CN⁻六つの−6と鉄の酸化数を足して−3にするので、鉄は+3になります。
ペンタ金属が+3でも、配位子を合わせると負になるんだね。検算は?
イコール+3+6×(−1)=−3です。もし鉄を−3と置くと全体は−9になり、式の3−に戻らないので棄却できます。
この+3は酸化数です。結合電子をイオン的に割り当てて数える値であり、ルイス構造で結合電子を等分して数える形式電荷とは定義が異なります。電子密度を原子へ分けて得る部分電荷とも区別します。+3を求めたことで、錯体ができる過程で鉄から実際に三電子が抜けたという反応まで決まるわけではありません。
3.第8族から+3を引き、d電子数と配位数を答える
この配位化学の電子計数では、金属の形式的d電子数を「族番号−金属の酸化数」で求めます。鉄は第8族なので、いま求めた+3を引きます。
逆向きの検算:8 − n = 8 − 5 = +3。前節の酸化数に戻る。
配位数:単座CN−が6個 → 供与原子は6個 → 配位数6。
配位数6とd電子数5は、同じ式から求めても数える対象が違います。配位数では金属へ直接配位する原子を、d電子数では金属の電子を、この規則で数えています。第8族の8も「中性の鉄原子にd電子が8個」という意味ではありません。
これで主問の答えは、鉄の酸化数+3、金属の形式的d電子数d5、配位数6です。d5は軌道へ入れる電子の合計が5個という出発点です。不対電子数を答える次の問題では、さらに軌道の分裂と対形成を使って占有を決めます。
もう一歩:LとXを使った三つの模型を比較する
もう一歩A.中性配位子と陰イオン配位子を混ぜる模型
Mは第8族の金属、Lは中性の単座配位子、X−は一価陰イオンの単座配位子とします。単座とは、一つの配位子が一つの供与原子でMへ配位するという条件です。この模型では、LとX−の電荷をそれぞれ0と−1として、通常の形式的な電子の数え方を使います。
模型の電荷も、主問と同じく素電荷を単位にした符号付きの数です。配位数は原子の個数なので、正負の符号を付けません。
もう一歩B.三つの全電荷からMの酸化数を求める
配位子の電荷合計をqlig、錯イオン全体の電荷をqcomplexとすると、金属の酸化数xを決める式は次の形です。
[ML6]2+では、Lは六つあっても電荷は6×0 = 0です。x+0 = +2なので、Mの酸化数は+2です。
[MX6]3−では、X−が六つでqlig = −6です。x−6 = −3よりx = +3。負の錯イオンの中に、正の酸化数の金属があることは矛盾しません。配位子の−6の方が大きいからです。
[ML3X3]−では、中性Lの三つは0、X−の三つは−3です。x−3 = −1よりx = +2となります。

もう一歩C.全電荷が違っても、同じd電子数になる場合
配位化学のこの形式的な数え方では、遷移金属のd電子数nを族番号−金属の酸化数で求めます。第8族Mならn = 8−xです。引くのは錯イオン全体の電荷ではなく、いま求めたMの酸化数です。
d6の上付き6は金属の形式的d電子数です。第8族という8を「中性原子に必ずd電子が8個ある」と読むのではありません。配位子から提供される電子対も含めた錯体全体の電子数とも、数える対象が異なります。ここで得たnは、次に金属のd軌道の占有を考えるときの出発点です。

ペンタ錯イオンの3−を8から引くと、d電子は11個になるよ?
イコールそれは全電荷を金属の酸化数として使った誤りです。Mは+3なので8−3=5個。d軌道は五つで一つに二電子までだから、11という結果も検査の手掛かりになります。
ペンタd⁵なら、不対電子は必ず五つ?
イコール電子の合計が五つと決まっただけです。軌道のエネルギー分裂と対形成を考えて入れ方を決める必要があります。d数と不対電子数を同じものとしては扱いません。
もう一歩D.模型でも供与原子を別に数える
今回のLもX−も単座なので、配位数はLの数とX−の数の和です。[ML6]2+は6、[MX6]3−も6、[ML3X3]−は3+3 = 6です。どれも六つの供与原子がMに配位しています。
配位数が同じ6でも、Mの形式的d数は6・5・6と違います。また、配位数6という数え上げだけで高スピン・低スピンを決めることはできません。八面体モデルを使う場合も、まず正しいd数を得てから電子の占有を検討します。
ペンタ配位子が六つならd⁶、と覚えれば早そうだけど。
イコールその一致は一例だけです。[MX₆]³⁻も配位数6ですが、Mは+3でd⁵です。配位数は供与原子、d数は金属の電子を数えています。
ペンタ[ML₃X₃]⁻の六つは、LとXのどちらも一つずつ数えるの?
イコール単座という与件なので、3+3=6です。一方、電荷の合計ではLは0、X⁻は−1で数えます。同じ式から別の量を求めるので、足す対象も変わります。
4.演習:酸化数から全電荷へ、逆向きにも解く
問1 同じ第8族M・中性単座L・一価単座X−で、[ML4X2]+のM酸化数、d数、配位数は?
問2 [ML3X3]のMがd5と指定されたら、錯イオン全体の電荷は?
正解を選ぶときは「全電荷・M酸化数・配位数・d数」を一つの数字にまとめず、それぞれの意味を式へ戻します。酸化数候補は金属+配位子の電荷、d数候補は族番号−金属酸化数、配位数候補は供与原子の合計で検査できます。
参考資料
配位数・単座配位子と全電荷から金属酸化数を求める方法はOpenStax Chemistry 2e 19.2、金属の族番号から酸化数を引くd数の考え方はMIT 5.112 Lecture 31、pp.13–14を参照しました。主問は[Fe(CN)₆]³⁻の電子計数、発展と演習は第8族Mと指定配位子の模型です。
用語の区別はIUPAC Gold Bookのoxidation state、formal charge、atomic chargeの定義によります。

コメント